玉砕の島 ペリリュー

日本の守護神様、どうか日本を蝕む売国奴議員と特ア3兄弟に天誅を!
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2010/05/28(金)
     パラオ

パラオにペリリューという島がある。
南北9キロ・東西3キロ・高さ80メートル・全体で20平方キロの珊瑚礁の小島である。

ペリリュー島は、知る人ぞ知る大東亜戦争末期に於ける日本軍玉砕の島です。
大東亜戦争中、日本軍は太平洋の島々で玉砕するまで戦いました。

私たちの祖国『日本』を守るために!


パラオでの戦戦死者数は 10,695名 
兵力弾薬もほとんど底を突き、司令部は玉砕を決定。

地区隊長中川州男大佐(歩兵第2連隊長)と村井権治郎少将(第14師団参謀)、飯田義栄中佐(歩兵第 15連隊第2大隊長)が割腹自決した後、玉砕を伝える「サクラサクラ」の電文が本土に送られ、翌朝にかけて根本甲子郎大尉を中心とした55名の残存兵力による「万歳突撃」が行われた。



1994年10月1日にアメリカの統治下から独立し、現在はパラオ共和国として独立国となっています。


しかし、パラオ共和国の国旗は日本と良く似ていますね。

一説ですが、
「独立にあたり国旗を制定することになり、国民の間から一般公募しました。
結果、日の丸をもじった今のデザインに決まったようです。

ただし、パラオの国旗の満月は日の丸の旗の太陽とは違って、中心から少しズレている。

日本に失礼だからと、わざと中心をはずしたのだそうだ。」


とも言われています。

*
パラオは今でも非常に親日的な国です。


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日本は委任統治となったパラオに食料や稲作を持ち込み、缶詰やビールの工場を造り現地住民の雇用を創出した。

道路を舗装し、橋を架け、電気を通し電線を引くなどのインフラの整備も実施。

島民は日本兵と仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

しかし、やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。

仲間達と話し合った彼らは代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。


『自分達も一緒に戦わせて欲しい』と訴えた。


それを聞くなり隊長は激高し叫んだという。


『帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!』


「日本人は仲間だと思っていたのに…、みせかけだったのか」

裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…。

そして船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ない。

村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。

そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。

先頭には笑顔で手を振るあの隊長の姿が…。

その瞬間、彼らは悟ったという。

あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。

ようやく戦闘が終わったペリリュー島へ戻った住民たちは、恐るべき光景を目の当たりにした。

米軍の激しい絨毯爆撃により、その形を変えていた珊瑚の島と、そしてそこに転がるおびただしい数の日本兵の遺体。

島の人々はこれを見て涙を流したという。


「アメリカ人は、日本人の遺体には見向きもせず、自国兵の遺体だけを整理した。ここに、征服民族の本性を見る」として、島民はこぞって日本軍の遺体を弔い、墓地を作ってくれたのである。


そして日本人が、いつ訪れても良い様にと、その後も墓地の清掃に心掛けてくれていた。

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私はこれを読んだ時、本当に胸が熱くなりました。

誇り高く、現地住民を大切にした日本軍に…。
日本軍のために「共に闘う決意」をした島民の皆さんに…。




現在でも島民の親日感情は極めて強く、日本統治時代を懐かしみ、「愛国行進曲」を間違わずに歌って聴かせ、日本人と見れば、「日本という国は何千年来の伝統を持ち、独自の文化を創りあげてきた。その結晶が天皇と教育勅語だ」という趣旨を熱く語り、日本人の度胆を抜くという。



また、ブラッディーノーズの近くにあるペリリュー神社には、米軍ニミッツ元帥による以下の日英2文が記されています。


「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」
"Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.  Pacific Fleet Command Chief(USA) C.W.Nimitz"


日本人が忘れてしまった心が、ここにはあります。

日本軍と聞けば、略奪と暴虐の限りを尽くしたとしか考えられない左翼の人々には、是非ともペリリューで何があったのか、よく学んで欲しいと心から感じました。

現在のパラオの教科書には日本統治時代を「日の丸の旗の元に」とし全462ページ中36ページがあてられているそうです。


    




    


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