世界の英雄 海軍大将『東郷平八郎』

日本の守護神様、どうか日本を蝕む売国奴議員と特ア3兄弟に天誅を!
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2010/07/05(月)


東郷平八郎


日本が敗れた大東亜戦争が始まるずっと前、明治37年2月、日本はソ連と戦争をはじめました。
学校の歴史でも習いますが、有名な「日露戦争」です。


日露戦争で日本は勝利し、2人の大日本帝国軍人が世界から英雄と称えられることになります。

それは、
陸軍大将「乃木希典」と、海軍大将「東郷平八郎」でした。



当時のアジア諸国では、「アジア人では白人に絶対に勝てない」と思われていました。しかし日本軍は、世界最強の海軍「バルチック艦隊」を持つソ連に勝利しました。


日露戦争の勝利を決定的にしたのが、バルチック艦隊との日本海海戦です。
この海戦で活躍したのが海軍大将の『東郷平八郎』でした。


日露戦争は日本が負けると、『日本はロシアの植民地』になりえる戦いでした。

戦争しても勝てないと言われた大国ロシアと、正面から堂々と戦い勝利した日本。しかし日本の英雄『東郷平八郎』がなぜか学校の歴史で教えられることはありません…

*
東郷平八郎は、明治時代の日本海軍の司令官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献し、日本の国際的地位を「五大国」の一員とするまでに引き上げたのでした。


そして日露戦争においては、連合艦隊を率いて日本海海戦で当時屈指の戦力を誇ったロシアバルチック艦隊を一方的に破って世界の注目を集め、アドミラル・トーゴー(Admiral Togo 、東郷提督)としてその名を広く知られることとなったのです。


当時、日本の同盟国であったイギリスのジャーナリストらは東郷平八郎を「東洋のネルソン」と、同国の国民的英雄に比して称えている。


日本では、大胆な敵前回頭戦法(丁字戦法)により日本を勝利に導いた世界的な名提督として、「陸の乃木 海の東郷」と乃木希典陸軍大将と並び称され、日露戦争の英雄として国民の尊敬を集めたのです。


<コメント>

東郷平八郎は世界中から、ソ連を破った英雄と賞賛されました。
トルコやフィンランドなど多くの国の教科書に彼の英雄振りが記載されています。


ところが、日本の教科書にはなぜか記載されない?


戦争を肯定するわけではありませんが、世界で称えられた偉人をなぜか日本の教育では教えない…
日本政府はいつまで偉大な先人を侮辱するのですか?


下のブログ様には、東郷平八郎と大東亜戦争で米国太平洋艦隊を指揮した司令長官ニミッツ提督とのエピソードが書いてあります。

感動の秘話です。ぜひご覧ください。


東郷元帥とニミッツ元帥 ⇒ さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」




三笠
旗艦 三笠

三笠
艦首に輝く菊花紋章がしびれます!



横須賀の記念艦「三笠」を訪問された方の記録  ⇒ 戦艦「三笠」訪問レポート



<日本がソ連に勝利しアジアでは大喜び>

■孫文=中国人。1895年に日本へ亡命、以後、世界中を巡る。初代中華民国臨時大総統。辛亥革命を起こし、「中国革命の父」と呼ばれる。


1924年(大正13年、最後の来日)、神戸高等女学校において神戸商業会議所外5団体に行った「大アジア主義」と題された講演より


日露戦争の開始されました年、私は丁度欧州に居りましたが、或る日東郷大将が露国の海軍を敗った、露西亜が新に欧州より浦塩に派遣した艦隊は、日本海に於て全滅されたと言うことを聞きました。

此の報道が欧州に伝わるや全欧州の人民は恰も父母を失った如くに悲み憂えたのであります。


英国は日本と同盟国でありましたが、此の消息を知った英国の大多数は何れも肩を顰め、日本が斯くの如き大勝利を博したことは決して白人種の幸福を意味するものではないと思ったのであります。

これは正に英語でBlood is thicker than water〈血は水より濃い〉と言う観念であります。


暫くして私は船でアジアに帰ることになり、スエズ運河を通ります時に、沢山の土人が、共の土人はアラビヤ人であったようですが、私が黄色人種でありますのを見て、非常に喜び勇んだ様子で私に〈お前は日本人か〉と問いかけました。

私は〈そうではない。私は中国人だ。何かあったのか、どうしてそんなに喜んで居るのか〉と問いましたところ、彼等の答えは〈俺達は今度非常に喜ばしいニュースを得た。何でも日本はロシアが新に欧州より派遣した海軍を全滅させたと言うことを聞いた。この話は本当か。俺達はこの運河の両側に居て、ロシアの負傷兵が船毎に欧州に送還されて行くのを見た。これは必定ロシアが大敗した一風景だと思う。以前我々東洋の有色民族は何れも西洋民族の圧追を受けて苦痛を嘗めて居て、全く浮かぶ瀬がないと諦めて居たが、今度日本がロシアに打ち勝った。俺達はそれを東洋民族が西洋民族を打敗ったと見做すのだ。日本人が勝った。俺達はその勝利を俺達自身の勝利と同様に見るのだ。これこそこおどりして喜ぶべきことだ。だから俺達はこんなに喜んで居る、こんなに喜んで居るのだ〉と言うことでありました。


(引用者注:「大アジア主義」=19世紀後半に活発となった欧米諸国のアジア進出に対抗する方策として展開された日本とアジアの関係や、アジアの在り方についての思想ないし運動の総称





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この記事へのコメント
日露の時はソ連じゃなくてロマノフ朝ロシア帝国ですよ。
2012/11/25(日) 07:54 | URL | マジレスマン #-[ 編集]
コンナニヨロコンデイルノダ━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!
2012/12/24(月) 22:51 | URL | 奈々氏 #-[ 編集]
当時ソ連は存在しませんが・・・
日露戦争なのになんでソ連が出てくるのか意味不明。
2013/05/03(金) 07:47 | URL | 通りすがりの名無しさ #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2014/07/06(日) 11:04 | | #[ 編集]
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